通馬桶|拉致疑いも国内発見の男性が心境

 北朝鮮による拉致の疑いが濃厚な特定失踪者としてリストに挙がり、昨年6月に19年ぶりに国内で発見された福井県旧三方町職員の宮内和也さん(52)が25日、同県敦賀通馬桶市内で福井新聞のインタビューに応じた。失踪当時の状況、19年間の深い悩みや葛藤を打ち明け「二度と古里には戻れないと思った。迷惑を掛けて申し訳ない」と頭を下げた。通馬桶 ■失踪の状況 失踪した1997年4月24日夕、カヌーで海に出て、ロシアタンカー重油流出事故の影響がないか調べていた。インストラクターとして子ども通馬桶けのカヌー研修を夏場に控えていたためだ。海は荒れていたが、沖縄ではもっと大きな波を経験しており、大丈夫だと思った。 途中で転覆。カヌーとパドルを引っ張っ通馬桶岸に向かって泳いだが、パドルが顔に当たって前歯が欠けた。カヌーとパドルを手放し、着ていたジャンパーを脱ぎ、死に物狂いで泳ぎ着いた。仕事のプレッシャーもあり、何も通馬桶もが嫌になり、逃げ出したくなった。 2、3万円入った財布を持ち、夜通し旧上中町(現・同県若狭町)まで歩き、(滋賀県の)今津行きのバスに乗り大阪に出た。と通馬桶かく誰にも見つからない場所に行きたかった。 ■大阪での生活 大阪に着き1週間ほど公園で野宿した。運送の仕分けなどの日雇いでお金をもらった。住居は通馬桶々とした。 現在は大阪市内のアパートに1人で住み、サービス業の社員として働いている。特定失踪者という過去を知っているのは会社の幹部だけで、職場では偽名を通馬桶っている。 自分に拉致の疑いがかけられていることを知ったのは、失踪してから1、2年後。雑誌か何かで読んだ。自分のニュースを見るのは嫌だったが、両親や子ど通馬桶の情報が得られるのもそのニュースだけだった。ああ、おやじ元気そうやな、母ちゃん腰曲がってきたなとかも、拉致のニュースでしか知ることができなかった。つらかった。