通水管|<犯罪被害者>暮らし、立て直せぬ 給付金制度に穴

「あの日から笑うことができない。国は犯罪被害者や遺族の生活の立て直しをもっと支援してほしい」。2001年10月12日、長崎県諫早市で小学1年だった長女(通水管当時7歳)を亡くした川原冨由紀(ふゆき)さん(62)はそう言っていら立ちをぶつけた。 長女は下校途中に車に乗った吉岡達夫受刑者(39)=無期懲役通水管が確定して服役中=に連れ去られ、約10キロ離れた山中で首を絞められて殺害された。遺体は杉林の斜面からワンピース姿で見つかった。 自らは市内で工務通水管店を経営していたが、周囲から被害者遺族として特別視されることに耐えられず廃業した。事件前は病気一つしなかったが、急に倒れたり、涙があふれたりするようにな通水管り、8年ほど前に病院で心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された。 心身の不調から職を転々とし、建設会社で働いていた時は事件のことを知らない通水管上司に「暗い」と注意され、仕事が終わった後に5時間も鏡の前で笑顔を作る練習をさせられたこともあった。現在は地元から離れて生活保護を受けながら1人で暮らし通水管ている。 長女は下校中に被害に遭ったため学校事故と認められ、災害共済給付制度に基づき日本スポーツ振興センターから見舞金が出た。しかし犯罪被害者等通水管給付金(犯給金)を上回る見舞金が出たため、犯給金を受け取ることは規定上できなかった。その見舞金も間もなく生活費などに消えた。 吉岡受刑者と両親を通水管相手に約1億8000万円の損害賠償を求めて提訴し、05年に吉岡受刑者だけに約7000万円の支払いを命じる判決も出たが、賠償はない。判決確定から10年で時通水管効を迎えるため15年に再提訴して同じ判決を得たが、支払いがない状況は変わらない。川原さんは「国が賠償金を立て替える仕組みを検討してほしい」と訴える。