通水管|<ダッカテロ1年>今も墓前で「会話」

 バングラデシュの首都ダッカで日本人7人を含む人質20人が殺害されたテロ事件から1日で1年。その後も世界各地でテロの犠牲が絶えず、遺族の悲しみは通水管癒えることはない。 「バングラデシュ首都ダッカ人質テロ事件で死亡」。建設コンサルタント会社社員だった岡村誠さん(当時32歳)が眠る千葉県富通水管市の墓誌には、そう記されている。平和を祈る象徴の折り鶴も刻まれ、両親が毎日墓参りする。 「また来たよ。おはよう。そっちはどうだい」。父駒吉通水管ん(72)は決まって午前中に訪れる。母ふみえさん(69)は夕方、パートの仕事を終えた後に寄り「仕事終わって帰ってきたよ」と声をかける。「息子と交わ通水管のはたわいのない会話です」(駒吉さん) 誠さんの墓は昨年10月、同市内の自宅から車で約10分の墓地に建立した。身に覚えのない花や鉢植えがた通水管たび供えられており、墓地の管理事務所に尋ねたところ、誠さんの友人や同僚、恩師がよく訪れているという。 誠さんは生前、東南アジアを中心にイン通水管ラ整備に携わり、海外に1、2カ月滞在しては1週間ほど帰国する生活。会社に通うため東京都内にマンションを借りており、実家に泊まるのは帰国当日と海外に通水管発する前夜くらいだった。ふみえさんは「今もマコ(誠さん)が長い間海外に行っていて、また『ただいま』と帰ってくるような感じがする」とかみしめるように通水管す。 この1年間も海外でテロ事件が相次いだ。「テロなどが発生した際の身の守り方などを徹底して指導する態勢を整えてほしい。息子も現地で朝礼の通水管、国際協力機構(JICA)から注意喚起されていたと聞くが、指導が徹底していれば亡くなることはなかったと思う」。駒吉さんは目を潤ませながら訴えた。