通水管|中越沖地震から10年、原発城下町は今

15人が死亡した新潟県中越沖地震から16日で10年。これは、世界で初めて原発が被災した地震でもありました。10年が経ち、原発城下町は新たな問題通水管に直面しています。 地震発生時刻にあわせ、黙祷が捧げられた柏崎市。10年前、震度6強の揺れが襲います。死亡者15人、負傷者2300人は通水管この年、国内最大の被害でした。 しかし、注目されたのは原発ばかりでした。世界初の「原発震災」と言われ、稼働中の全原子炉が停止しました。通水管漏れ出した放射性物質は微量でしたが、緊急時対策室のドアが歪み、自治体への連絡が遅れるお粗末な防災体制が露呈しました。教訓に緊急時の拠点、免震棟通水管作られ、他の原発にも整備されていきます。 福島第一原発に免震棟がなければ、東日本大震災の被害はもっと甚大だったと言われています。通水管 「何度もこうした話を・・・。おわびを申し上げて・・・」(東京電力・広瀬直己社長〔当時〕) しかしその免震棟をめぐり、今年、東電が耐震通水管性不足を公表していなかったことが明らかになり、再稼働へのハードルを自ら上げました。 柏崎は海も観光資源です。原発の風評被害により激減し通水管観光客は戻り、地震の爪痕は全くみられなくなりました。ただ、世界最大の原発は福島の事故以降止まったままで、行く末は定まっていません。 こ通水管れまで原発と共存してきた柏崎市。市長が再稼働の条件として東電に突きつけたのが・・・。 「1号機から5号機に関する“廃炉”計画を明確なものに通水管てもらいたい」(新潟県柏崎市・桜井雅浩市長) 「廃炉」計画の策定でした。16日の追悼式典には東京電力の小早川社長も参列しました。