手機維修|旅館が営業停止に

 1980~90年代の新日本プロレスに始まり、パンクラスを旗揚げするなどプロレスラーとして活躍している船木誠勝さん(48)。現在は大阪でフィットネスのパーソナルトレーナーをしながら、フリーで年間40試合弱、リングに立っている。酒の思い出は豪快だ手機維修。 ◇  ◇  ◇ 中学を卒業してすぐに青森県弘前市から上京して、新日本プロレスに入団しました。酒は入門してすぐから飲まされていました。毎日じゃないですよ。宴会の時とか巡業の時とかです。先輩から「飲め!」と言われたら嫌とは言えませ手機維修。「はい!」と言って目の前のコップの酒を一気する、それが酒だと思っていました。 青森では飲んだことがなかったので、飲み始めた頃はすぐに酔って訳がわからなくなっていましたね。それで二日酔いになって、翌日起き上がれなくて。飲ませた先輩も自分に手機維修ませたことがバレたらマズいから、「具合が悪いことにして寝とけ」と言って寝かせておいてくれました。 記憶に残るのは17歳の時に新日とUWFで一緒に飲んだ酒。当時、新日とUWFは抗争していて、試合で戦うだけではなく実際にも関係があまりにもギク手機維修シャクしていた。それで、それもよくない、もっとスポーツライクにやろう、そのために一度、一緒に飲もうということになった。 場所は巡業先の熊本・水俣の旅館。新日はアントニオ猪木さん、坂口征二さん、藤波辰爾さん、木村健悟さん……、UWFは前田日手機維修さん、藤原喜明さん、高田延彦さん、山崎一夫さん……、すごいメンバーでしょ。■あっちこっちで小競り合いが始まり…… 最初は和やかに始まりました。ところが、酒が回ってきたら、こっちでもあっちでも小競り合いが始まり、しまいには全員で大乱手機維修。壁を壊したり、最悪だったのは最上階のトイレの男性用の便器に、何人も戻してしまい、流そうとしたら詰まって水が逆流して、階段を伝って下の階まで流れ落ちて行って……。旅館は数カ月も営業停止になった上、潰れてしまい、ン千万円も弁償したと聞きました